第19回つどい/お料理教室(2003年3月)
3月16日(日)に第19回中高校生の吃音のつどいが開催されました。
参加者は小学生10人、中学生4人、高校生5人、御両親13人、スタッフ20人の計52人です。
今回のお料理教室では、最初にエンカウンターゲームをしました。小中高校生達、親御さん、スタッフが全員参加して交流を深めました。親御さんが童心に返って楽しく遊んでいたのがとても印象的でした。
料理ではピザを生地から本格的に作り、子供達も生地をこねる作業やトッピングに率先して参加することができ、楽しい時間を過ごすことができました。
午後に入りグループごとの話し合いでは、普段あまりすることのない吃音の話や各学年での悩み等を話し合うことができました。
今回初めてつどいに参加した人も「楽しかった。また次も参加したい。」と言ってくれてとても嬉しく思いました。
初めての方でも楽しく過ごせるつどいなので是非参加してほしいと思います。
参加者の感想とスタッフが当日、読んだ体験談を紹介します。(文責 出村 耕平)
長瀬 摂子さん(小学6年生男子のお母さん)
中高校生のつどいに参加しての正直な気持ちは親として、ショックも有り、勇気も出たという二つの面がありました。特に佐藤さんの開放的なお話には、戸惑いと感動を覚えました。
どもる事、それ自体に対しては、「こんなにどもる人もいるんだ」という戸惑いです。ことばの教室でのグループ指導で、他の子供達の吃音は耳にしていても、大人の方との接点はほとんど有りませんでした。なので佐藤さんとお話した時は、我が子の姿とダブり、胸がキュンとなりました。息子も「あの」が多く、そしてとってもお喋りで、どもってもかまわずしゃべり続けます。いつか吃音を意識して、話す事に消極的になってしまうのか、ずっと話をする事をためらわないでいてくれるか、まだ分かりませんが…。
勇気をもらったのは、皆さんの明るさと、もしこれから吃音に悩むようになった時、ここに来れば何か救われる部分が有るに違いないという確信です。悩み始める前にこの会に参加しておいて、本当に良かったと思っています。戸惑いはすぐ消えますが、勇気はきっとずっと続きます。息子はことばの教室で、一つ下のお友達を、次回のつどいに誘っていました。つどいの感想は特に話しませんが、「今度は6月1日なんだってね。」と言った一言に、会に参加して良かったという思いが入っていたんだと思います。若いスタッフの皆さんに囲まれ、親子共、新しい発見がありました。ありがとうございました。
まもなく中学生になる息子ですが、校則に従って、髪を切る予定です。天然パーマで、色も茶色のトレードマークのあの髪が無くなるのは、残念なのですが、身も心も成長してくれる事を願っている今日この頃です。今のところ、反抗期の無い息子ですが、中、高とやはり避けて通れない問題です。吃音以外の悩みも、「つどい」で解消したり、発散する事ができれば、なお有りがたいと思います。小学生の面倒を見るという事も、これからはあまり無くなります。「つどい」の場を活用させてもらうという気持ちで良いかなと考えて、参加していきたいです。この会を知らないのと、知っているのとでは、息子の人生には今後大きな差が出てくるのだろうと予想します。きっと私自身が会に何かできるとか、お手伝いをするという事は、難しいとは思いますが、息子が何かしらの形で、つどいに関わっていってくれたらと願っています。
次回もまたお世話になる予定です。よろしくお願いいたします。
(スタッフより) 参加者の方々の感想文は、我々スタッフにとって、この上無い元気グッヅです。「ショック」と「戸惑い」は、それぞれ良い意味でのものでしょう。
6年生なので意識する事はもう十分有るでしょう。強く悩むようになる前に、「どもってても良いよ!悩みの大きさと症状の大きさは、必ずしも相関性は無い!(こんなに?)どもっていても満足いく人生が送れる。」というメッセージを我々は投げかけました。そこから勇気や明るさも感じ取ってくださいました。大成功です。
J.M. (スタッフ つどいOB、大学1年)
吃音。この言葉を知ったのは高校生になった時ぐらいです。でも言葉がつっかえたり、出ないのが気になったのは小学生の低学年ぐらいだと思います。この頃の記憶はあまり残ってませんが、ことばの教室に通っていた記憶があります。なので、このぐらいかなと思います。しかし親が言うには小さい頃から吃音だったらしいです。
私が、吃音に本格的に悩み出したのは、中学生になってからです。そうさせた原因は色々ありました。小学生の頃では、人前で何か読むということではあまり苦労した経験がありませんでした。
中学生になって自分で調べた事を発表することがありました。発表の日、あんまり緊張していなかったのですが、話し出そうとすると自分でもビックリするぐらい言葉が出ませんでした。言葉がつまるたびにみんなは、笑って…いや、爆笑していました。発表が終わると、怒りと悔しさで体が震えました。それから、大勢の前で話すことが恐怖症になってしまいました。その時ぐらいから、他人に話し方をマネされたり、「オマエの話し方は変だ。」とか言われ始めました。仕舞いには、「ちゃんと喋れ」とか言われたりもしました。しかし、その頃の自分は、その怒りの矛先をその本人たちにぶつけることは出来ませんでした。しかも、吃音の事を話せるような友達はいなかったので、気持ちが滅入った時期もありました。
中学卒業後、『このままではダメだ!』と私は、そういう風に思い始めました。そして、横浜にある矯正所に通いました。結局は、期待していた効果は得られなかったです。吃音は治りませんでしたが、高校生活では、バカにされたり、マネをされたりされることはありませんでした。なぜそうだったのか…。入学した初日、私は担任の先生に自分が吃音であることをカミングアウトしたいと言いました。その先生は、その事をとても喜んでくれ、「協力するから頑張って。」と言ってくれました。先生自身、耳に障害を持っていて苦労していました。なので、私の気持ちをとても良く理解してくれました。そして、翌日カミングアウトしました。そのせいか、はたまたみんなが大人だったのか、特に吃音に関しての苦労は無かったです。
しかし、この頃の私は、まだ吃音に対して悲観的で、とても大きな鉄の扉でした。その扉が開き始めたのは、それから間もなくのことです。私は、高校3年の時に、初めてバイトを始めました。最初は戸惑うことがいっぱいありましたが、段々慣れてきて友達も出来始めました。その友達とは、今までにないくらい親しくなり、その内、何でも話せる仲になりました。吃音の事を相談することもありました。その友達は、みんな前向きで明るい人たちばかりでした。私は、そこでたくさんのエネルギーをもらい、前向きに考えるようになりました。吃音についても例外ではありませんでした。考え方は変わり始めましたが、苦労することはたくさんあります。しかし、吃音であって良かったこともあります。例えば言友会に入ってたくさんの人々と出会うことができました。そして、一番良いと思うことは、人それぞれ違うが少しでも人の痛みを理解できる人間になれたということです。確かに、吃音を持つ事は、とてもつらく苦労する事もあります。この事を悩まないようにする事は、とても難しい事だと思います。しかし、いくら悩んでも治るものではありません。私はここ最近、悩んでもどうにもならない事を受け入れ始めました。しかし、それは悲観的な事ではなくて前向きという意味です。吃音を受け入れ始めたのです。私は今までたくさんの人に支えられ勇気づけられました。今、こうした自分がいるのは、こうした人達のおかげです。今の自分はとても幸せだと思います。