意味づけを変えられるか ―可哀そうな存在ではなく―(体験談)
小中高校生の吃音のつどい代表、佐藤隆治の体験談スピーチ原稿をご紹介いたします。
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先生方、ひょっとすると、吃音の子供達をとても可哀そうとお感じになられて、吃音を治してあげよう、軽くしてあげよう、改善してあげようとお考えかもしれません。「軟起声」という最初にふわっと優しく声を出す等、私や仲間が行ってはきましたが、一時的な改善効果しかなく、持続性が無い。Sustainable なものではなかったです。吃音問題の解決の鍵は、吃音の受容、即ち自分の吃音の事実をあるがままに認める、そしてその吃音と共に生きていこうという将来像をこれから描いていこうという思いを持つ事だと思います。今日は小学校の時の話もしますが、それ以降の話が多くなります。吃音受容に辿り着くためには、小学校の間、どういうような事を子供達ができていたらいいのか、という点をお考えになられながら、お聞きいただければと思います。
